「Musical『HOPE』 THE UNREAD BOOK AND LIFE」レポート

韓国オリジナル演出版「Musical『HOPE』 THE UNREAD BOOK AND LIFE」開幕!

韓国で生まれ数々の受賞歴を誇る「Musical『HOPE』 THE UNREAD BOOK AND LIFE」が、3月16~17日埼玉・ところざわサクラタウン ジャパンパビリオンホールAでのプレビュー公演を終え、20日~24日までの大阪・梅田芸術劇場 シアタードラマシティ、27日~31日東京・I’M A SHOWでの上演に向けての歩みを進めている。

「Musical『HOPE』 THE UNREAD BOOK AND LIFE」は、韓国芸術総合学校の卒業制作として2017年に創作され、2019年に上演されるや否や大きな話題を呼び、再演が繰り返されている作品。「変身」「審判」などで知られる作家フランツ・カフカの遺稿の所有権をめぐって、長きに渡り行なわれた実際の法廷闘争をモチーフに、苛烈な運命のなかで、託された“原稿”を守り抜き、生きながらえてきた老境の女性の人生と、“原稿”の意味が描かれていく。


【STORY】
現代文学の巨匠「ヨーゼフ・クライン」の原稿の所有権を巡って、イスラエル国立図書館と実に30年もの間法廷で闘っているエヴァ・ホープ、「HOPE」(水夏希/3月17日&3月30日公演は橘未佐子の出演)は、自分こそが母マリーと共に文字通り命がけで守ってきた遺稿の正当な所有者だと主張し続けている。だが、法廷やメディアは彼女の言い分を、クラインの遺稿を私有化しようとする狂った老女の戯言として一蹴し、到底納得がいかないホープとの間で果てしない争いが繰り返されてきた。
そんな法廷闘争がついに決着する最終審判の日、裁判に出席するのを渋るホープを、ある青年が励まし、共に行こうと諭していた。その青年こそが、クラインが遺した原稿の擬人化であるK(加藤将/秋沢健太朗・Wキャスト/3月16日は横山達夫の出演)で……。

劇場に足を踏み入れると、高みの裁判長席から両側に続く階段、上手に被告、下手に原告、中央に証人席という、法廷を表す美術が、舞台全体にそびえ立っているイメージを伴って目に飛び込んでくる。一方そんな舞台の更に上手、下手の端にはそれぞれ一本の木が立っていて、照明で浮かび上がるその木々が非常に美しい。この法廷という閉ざされた世界と、その向こうに広がる果てしない大地を想起させる木々、というしつらえのなかで、ドラマは幕を開ける。

そこに描かれていくのは、雨露をしのぐのもおぼつかないテントでの生活を送っている現在の「HOPE」と、母と共に温かい家で暮らしていた過去の「HOPE」が、裁判の行方と共に、時空を超えて交錯しながら綴られていく彼女の人生だ。何故「HOPE」が「ヨーゼフ・クライン」の未発表原稿を手にするに至ったのか。生まれ故郷のチェコがドイツに占領され、ユダヤ人であったばかりに過酷とか、壮絶とかいう言葉ではとても足りない、死と隣り合わせの日々を生きるなかでも、何故原稿を守り通したのか。そして、莫大な価値を持つことになった原稿を何故手放さずに持ち続けているのか。そうしたことの全てが、大きくは法廷の美術を堅持したままで、手すりを縦横無尽に動かし、照明効果を最大限に駆使した舞台面で、ひとつのひっかかりもなく鮮やかに時と場所を変えて進められていくのが驚異的だ。

ここにはこの作品の韓国初演から演出を手がけ、その成果により2020年の韓国ミュージカルアワーズで演出賞も受賞しているオ・ルピナのオリジナル演出が持つ凄みがあって、舞台と客席が抽象的な空間のなかに、極めて具体的な場面や物事を観ることができる「演劇」の持つ力、その想像力をとことん信じる姿勢がにじみでている。しかもその表現形態が「ミュージカル」であること。起きている事実だけでなく、例えば手ひどい裏切りだったとしても、キャラクターの胸中にどんな苦悩が去来していたのかを、歌で吐露することのできるミュージカルの強みがある種の救いを生むのが嬉しい。

実際このドラマの筋立てを台詞劇で観るとしたら、受け止める観客にも相当な体力が必要になっただろう。けれどもそれがミュージカルであるがために、音楽そのものの美しさや、俳優陣の素晴らしい歌声、そして一刻を争い国境を目指すバスの中、という実はとてつもなくシビアな状況にもエンターテイメント性が加わり、作品を過度に構えすぎることなく観られる力になっている。全ての鍵を握る“原稿”を人が演じることも、作品にファンタジーの香りを持ちこむ効果につながっていて、もちろんオ・ルピナをはじめ優れたスタッフワークの結集が大きい面もあるだろうが、これだけ骨太な作品が芸術総合学校の卒業制作で生まれ出たという事実に、韓国ミュージカル界の底力と充実を改めて見る思いがした。

そんな作品で躍動した日本人キャストの面々が、それぞれに魂のこもった演技で舞台に生きているのも頼もしい。
その筆頭、エヴァ・ホープ、「HOPE」役の水夏希は、予定されていた涼風真世の体調不良による降板を受けて、極めて短期間に開幕からほぼ出ずっぱりに近いタイトルロールを演じることを決断した、その役者魂にただ頭をたれるばかりという状況のなかで、まさに魂を燃やした熱演を披露している。元々極めてストイックな、謂わば求道者型の演技者だが、78歳という劇中の年齢、しかも筆舌に尽くし難い苦難の人生を送ってきた人物を、少しも飾ることのないビジュアルで作りこんだだけでなく、過去の「HOPE」と舞台上でシンクロしていく折々には、そのビジュアルのまま、まるで少女のような表情も浮かんでくる芝居力に感嘆した。シニカルな表現のなかにどこかユーモアがこぼれるのも効果的で、このオリジナル演出版日本初演を水が担った勇気と気概に感謝したい。年年歳歳蓄えてきた歌唱力の充実も「HOPE」が辿る運命の表出に寄与していた。もうひとつ、スウィングの橘未佐子が「HOPE」を演じる機会を得たことも、コロナ禍以降、日本でもその重要性が高まるばかりのスウィング制度に敬意を払う貴重な機会になったと思う。

その「HOPE」が守り続ける原稿の擬人化「K」は加藤将と秋沢健太朗のWキャストで、更にプレビュー公演初日はスウィングの横山達夫の出演だったが、人懐っこい笑顔と軽やかさのある台詞回しが、劇中唯一と言ってもいい「HOPE」の味方である「K」の存在を更に印象づけていて、作品に救いとなる爽やかな風を吹かせ立派なもう一人の「K」として、ここでもスウィングで参加の俳優の確かな力量を感じさせた。またプレビュー公演2日目の17日に初日を迎えた秋沢は、映像や2.5次元作品を中心として舞台での大活躍が続いている俳優だけに、得意分野に違いない原稿の擬人化である「K」どう演じるかに注目したいし、大阪公演から参加の「K」の加藤は、近年ミュージカル界で力を発揮している俳優として上り坂の勢いを感じさせている人だからこそ、個性を生かしたどんな「K」を表現してくれるのかに期待が高まる。間違いなく見比べる妙味の大きいWキャストになることだろう。

「HOPE」の母マリーに原稿を託すベルトの宮原浩暢は、持ち前の高い歌唱力で魅了するミュージカルナンバーの魅力は言わずもがな、芝居面の充実が著しい。特にベルトだけでなく、現実の法廷でも大きな役割があるのがこの作品の要でもあって、そこではベルトとは全く異なる味わいを見せてくれていて、歌手としてだけでなくミュージカル俳優としてもますます貴重な存在になっている。

「HOPE」がなんとか自立しようとしている時期に出会う難民の青年カデルの百名ヒロキは、温かな笑顔とエレガンスを感じる立ち居振る舞い、という日頃の魅力とはまた違った二面性を表出していて虚を突かれたほど。「人間」とは「戦争」とは「業」とは、など様々なことを考えさせられる演技と歌で惹きつけた。現在の法廷でのリアリスティックな表現もいい。

「HOPE」の母マリーの池田有希子は、この役柄を池田が演じるともちろん知っていて客席に座ったにも関わらず、しばし誰だかわからなかったほど、パッションや実存感を感じさせる常の個性を封印した演じぶりを披露。何かにすがっていないと生きていけないマリーの弱さが、つまりは究極のエゴイスティックに通じる残酷さを感じさせる嬉しい驚きが大きかっただけに、現在の法廷での別の役どころとの差異が大きく、このコントラストには是非注目して欲しい。

過去の「HOPE」を演じる井上花菜は、抜群のビジュアルと確かな歌唱力で、加藤同様ミュージカル界期待の若手だが、大役を得てその実力を更に広く知らしめた恰好。8歳の誕生日からはじまり、相当幅広い年齢を担っているが、そのいずれにもきちんとリアルを感じさせた。現在の法廷でいま過去の「HOPE」だった井上が、この台詞を水演じる現在の「HOPE」に投げかけるのか……という、脚本・演出の凄みをキレ味鋭く届けたのも秀逸だった。

そうした現在の「HOPE」の水と、「K」の加藤と秋沢以外が、様々な役どころを演じ分けていくのもこの作品の醍醐味のひとつで、ヨーゼフ・クランツに天才の奇矯を感じさせた白山博基をはじめ、荒木啓佑、りんたろう、和田裕太が様々な役柄で大活躍。主人公の名前であり、作品のタイトルである「HOPE」が、終幕にもたらすもの、この閉鎖空間から美しい木々と果てしない空がある外の世界へと、ドラマがどうつながっていくのかを是非多くの人に観届けて欲しい。人生のなかで最も必要なものは?を伝えてくれる「Musical『HOPE』 THE UNREAD BOOK AND LIFE」が、大阪、そして東京公演で更に大きく羽ばたいてくれることに期待している。

(文/橘涼香 撮影/岩田えり)

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